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Omoinotake Live at 日本武道館 ライブレポート

ソニー銀行は2026年3月『Omoinotake Live at 日本武道館』に協賛し、お客さまをご招待しました。
この記事では、ソニー・ミュージックレーベルズより提供されたライブレポートをお届けします。

3月15日(冨田洋之進[ドラゲ/Dr]曰く「最高の日」)、Omoinotakeにとって初の日本武道館公演『Omoinotake Live at 日本武道館』が開催された。

これまで同会場でたくさんのワンマンライブを観てきたが、Omoinotakeの武道館公演は特別あたたかいものだった。たとえば、勢いのある若手バンドがステージに立つと、「武道館はあくまで通過点!」「まだまだこの先へ行くぞ!」といったメラメラした欲が武道館を燃え上がらせる。それももちろん素晴らしいのだが、Omoinotakeがステージに立った武道館は、感謝と愛と称賛に満ちていた。それでいて、結成から14年かけてこの場所にたどり着いたといったバンドストーリーで感動を誘うだけでなく、それ以上に、とにかくOmoinotakeの楽曲のよさが際立ったライブだった。この日の編成は、ホーン隊と弦楽カルテットを含めたバンド史上最多の12人。最初から最後まで「こうして鳴らされる日をずっと待っていた」と楽曲たちが喜んでいるように響いていた。

Omoinotakeの結成は2012年。2017年より、人間の温度を大事にしたい彼らは自分たちの夢を叶えるべく、ネット/動画のプロモーションを仕掛けるなどではなく、ストリートへ飛び出してライブを行うようになった。『Omoinotake Live at 日本武道館』のオープニングを彩ったのは、渋谷のストリートから武道館に至るまでの映像だった。その後1曲目「EVERBLUE」で3人の顔がスクリーンに映った時、ドラゲは1列目から最後列までファンが埋め尽くす客席を見渡しながら、感情が込み上がっているような表情になっていた。それにつられて、こちらも泣きそうになった。

中盤、東京で腐りかけていた頃の心情を書いた「東京」から、『NHK紅白歌合戦』(NHK総合)の舞台や武道館という夢の場所に立っても〈小さな心も 悩みの数も〉変わらないし、ずっと自分たちは未完成のままもがき続けていると歌った「在りか」を経て、さらにサプライズゲストのOfficial髭男dism・小笹大輔を呼び込んだ流れは、自分たちの過去から現在、そして未来までをも称える場面だった。「あの時の悔しさを肯定できるような日がほしくてバンドをやってきた」という旨を福島智朗(エモアキ/Ba)が言っていたが、Omoinotakeは、つくづく「僕たちには音楽しかない」という気持ちと諦めない姿勢や粘り強さを持った人たちだなと、あらためて思う。

サプライズ登場した小笹は、中学生の頃(小笹はOmoinotakeの3人のひとつ下の学年)に地元・島根のライブハウスで出会い、藤井怜央(レオ/Vo/Key)と小笹がバンドを組んだことも、エモアキ、ドラゲと小笹がバンドを組んだこともあるという関係性。音楽で食べていくなんて夢のまた夢に思っていた高校生の頃、小笹が言った「エモアキが書く曲を聴いて、もしかしたら俺たちも音楽でやっていけるんじゃないかと思えた」という言葉をエモアキはお守りにしてここまで歩んできたという。4人は、一緒に作った新曲「ペトリコール (feat. 小笹大輔)」を演奏。中高時代のルーツであるロック、エモを基盤にして、小笹がレスポールを轟かせるなかにレオのピアノの美メロが入り込んでくる一曲だ。

そんなハイライトがありながらも、冒頭に書いたように、『Omoinotake Live at 日本武道館』で際立ったのはOmoinotakeの楽曲の素晴らしさだった。映像演出も、武道館という規模感のなかでは極めてシンプル。とにかく"曲"が主役だった。

編成は、Omoinotakeの3人に加えて、お馴染みのぬましょう(Per)、そこに4人のホーン隊・天太ホーンズ(後藤天太/Sax、長田明宏/Tp、高瀬洸音/Tp、石川智久/Tb)、弦楽カルテット・村田一族(大島理沙子/1st Vn、銘苅麻野/2nd Vn、村田泰子/Vla、築地杏里/Vc)が加わった12人編成。1曲目「EVERBLUE」からホーンがファンファーレのように鳴り響き、「彼方」ではストリングスに酔いしれるなど、序盤から極上。今がベストの状態にあるレオの歌声とストリングスやホーンの旋律が絡み合い、こだわり抜いて作られているメロディが持つ感情の起伏を増幅させる。そういった贅沢な感覚を、最初から最後まで味わった。もともとOmoinotakeの楽曲にはホーンやストリングスが多用されているが、ゴスペル調の「Blessing」にストリングスのイントロが加わったり、初期曲のひとつである「夏の幻」にはホーンが入るなど、「今夜限りのアレンジ」(レオ)が施されていて、とにかく各曲の魅力が最大限に発揮する形で演奏された。さらに言えば、バンドという形態でありながら容赦なく打ち込みのビートも取り入れて、ライブではそれがどう具現化されるのかを楽しむのもOmoinotakeの見どころのひとつ。歌、ピアノ、ベース、ドラム、パーカッション、ホーン、ストリングスの一つひとつの美味しい素材を味わっていると、24曲があっという間だった。

そもそも、Omoinotakeの全曲を作曲しているレオは、バンドマンのなかでも稀に見るくらいの多彩なルーツの持ち主である。幼少期にはバレエをやっていて、早い時期にクラシック音楽やバレエ音楽を吸収。さらにピアノとドラムを学び、ジャズドラムも叩けるように。リスナーとしてはX JAPANを重要なルーツとして挙げながらも、学校で流行っていたJ-POPも拒まずに聴き、中学生になってエモアキに出会うとGOING STEADYやメロディックパンク、エモにのめり込んでいった。そして上京後の2010年代にceroと出会って、さらなる転機を迎えた――。そういった人生の音楽をすべて接続してオリジナリティのある音楽を探求してきたのが、レオという音楽家であり、Omoinotakeというバンドだ。

そして、そんなサウンドに乗せて歌われるのが、愛おしい人間が主人公の物語と心情。エモアキが書くリリックは、彼自身の純心から引き出したものばかり。不器用で、情けなくて、でも大切な人のことを想う気持ちが輝いている。音やメロディと歌詞、3人の演奏とレオの歌を掛け合わせて"踊れて泣ける"音楽を作り、それを"広く深く"届ける指針を貫いてきたのがOmoinotakeであるが、彼らは武道館くらいの規模感で鳴るに相応しいスケール感と深度のある楽曲を作り続けていた。何年も、ずっと。もちろん時期を追うごとに、歌や演奏、作詞作曲のスキルが磨かれているところなどは多々あれど、誰も見向きしない時期から、オリジナリティのある珠玉のポップスを作っていたことを証明する全24曲のセットリストだった。「Omoinotakeの曲はずっとよかったよね」と誇り高く思ったのは、昔から彼らの創造力に魅了されてポテンシャルを信じてきた私だけでなく、あの場に集まった多くのファンも同じだったのではないかと思う。

そんなOmoinotakeの音楽の温もりは、老若男女の人生にじわじわと染み込んでいることを、武道館の景色が語っていた。武道館の客席には、文字通り"老若男女"が集まっていた。開演前には70代、80代くらいの女性と廊下ですれ違い、その世代の男性が笑顔で踊っている姿がスクリーンに映った瞬間もあった。「ポップミュージックはティーンエイジャーのもの」「歳を取ると新しい音楽を聴かなくなる」などと言うけれど、Omoinotakeの愛と哀愁が溢れるあたたかい楽曲たちは、そんな言説さえも崩してくれる。Omoinotakeのこれまでの歩みに心を動かされただけでなく、音楽の温もりとは全世代の人間と共有できるものであると、ポップミュージックの可能性まで確信させてくれる、『Omoinotake Live at 日本武道館』だった。

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