本ブログは金融ライターの立花 倫さんが執筆しています。
ここ数年、多くの人の頭を悩ませてきたことのひとつが、物価高ではないでしょうか。直近でも2025年10月の食品の値上げは3,000品目を超え、コメ価格も高止まりが続くなど、家計を直撃しています。高市新政権の最初の大きな関門となっているのも、「物価高対策」だといっていいでしょう。
こうした物価上昇が継続する状態を「インフレ」といいますが、インフレ自体は必ずしも悪いことではありません。長らくインフレとは反対の「デフレ」、つまり物価が下落し続ける状態だった日本は、むしろ安定的な物価の上昇を目指してきました。日本銀行も「『物価安定の目標』を消費者物価の前年比上昇率で2%」にするという目標を掲げ、これは現在も継続されているのです。
インフレ下では預金が目減りしてしまう可能性も?
実はインフレには、「良いインフレ」と「悪いインフレ」があります。良いインフレとは、需要が伸びることでモノやサービスの値段が上がり、企業が儲かり賃金も上昇するといった景気拡大を伴うインフレのこと。これはディマンドプル型のインフレとも呼ばれます。
一方の悪いインフレとは、原材料やエネルギーなどの価格の上昇によって生じるインフレのこと。こちらはコストプッシュ型のインフレと呼ばれ、今の日本はまさにその状態にあるといえるでしょう。しかも、近年は食料品やエネルギーの価格が世界的に上昇していますが、日本はこれらの多くを輸入に頼っているため、円安がコストの上昇をさらに加速させてしまっているのです。

つまり、これだけ物価が上昇しているにもかかわらず、依然として2%というインフレ目標を掲げているのは、現在の「悪いインフレ」から脱却し、「良いインフレ」が安定的に続く状態を目指しているから。ということは、悪いインフレであれ良いインフレであれ、今後もインフレが継続する可能性が高いことにもなります。
では、インフレが続く時代にあって、私たちはどんな対策をすべきなのでしょうか。これからも物価の上昇が継続し、なおかつ賃金の上昇がそれに追いつかないのであれば、生活を見直し、節約に励むというのもひとつの選択肢かもしれません。今まさに節約生活を実行中という人も、少なくないのではないでしょうか。
当然のことながら、節約は決して悪いことではありません。注意しなければならないのは、たとえ節約で浮いた分を貯蓄に回しても、せっかくの預金が目減りしてしまう可能性がある点です。インフレ下ではモノやサービスの値段が上がるわけですから、今日1,000円で買えたモノが、明日は1,500円になっているかもしれません。これは同じ1,000円でもその価値が下がることを意味し、預金が実質的に目減りしてしまうわけです。
もちろん、預金には基本的に利息が付きますし、一般にインフレの状況では金利も上昇していきます。ただし、金利上昇のタイミングは物価の上昇よりも遅れ、その上昇率もインフレを上回るのは難しいといわれています。
このいわゆる「インフレリスク」の影響を特に受けやすいのは、リタイア世代でしょう。仮に悪いインフレから良いインフレへの転換に成功すれば、賃金も安定的に上昇していくはずですから、給与などの収入がある現役世代であれば物価上昇をカバーできます。
一方で、リタイア世代で給与などによる収入がなければ、賃上げの恩恵を受けることはできません。物価が上昇すれば公的年金も増えるものの、日本では「マクロ経済スライド」という年金額の伸びを調整するしくみが取り入れられています。これは少子高齢化が進む中でも年金制度を維持するためのもので、年金の上昇率は物価上昇率よりも抑えられてしまいます。年金は物価上昇に追いつけないうえ、年金を補完するために貯めていた預金もインフレ下では目減りしてしまうリスクがあるということです。
「増やす」だけではなく、資産を「守る」運用の重要性
こうしたインフレリスクを抑えるためには、どうすればいいのでしょう。最も手軽な対策が資産運用です。一般にインフレに強いとされている代表的な資産は「株式」で、資産の一部に株式を組み入れておくことで、インフレリスクは軽減されます。それも個別株ではなく、株式を投資対象とする投資信託を購入すれば、複数の企業、あるいは複数の国や地域に分散させることもできる。金(ゴールド)や不動産などもやはりインフレに強い資産といわれていますが、同じく投資信託であれば少額からでも金や不動産資に投資できるのです。

ただし、いずれも相対的にリスクが高い資産でもありますから、特にリタイア世代であれば、あくまで資産の一部での保有にとどめておくべきでしょう。あるいは、まとまった金額を運用するのであれば、複数の資産に分散投資ができる、バランス型ファンドと呼ばれる投資信託を選択するという方法もあります。株式はもちろん、金や不動産などにも投資できるタイプもあり、単一の資産を対象とする投資信託よりもリスクは抑えられます。リタイア世代は資産を「増やす」ことよりも「守る」ことを重視すべきで、リスクを取りすぎないことも大切なのです。
それに対して現役世代は、前述の通りインフレへの耐性は比較的高いものの、インフレ下では預金の価値が目減りしてしまうのはリタイア世代と同様。たとえ少額でも、株式などの資産を保有しておくのは合理的な選択でしょう。しかも、より長期で運用でき、インフレへの耐性も高いわけですから、リタイア世代よりも高いリスクを取ることもできます。例えば株式を投資対象とするインデックスファンドだけでも十分で、それを積立投資で、長期で運用し続けるのが最もおススメな手法です。まさに「資産形成」の王道でもあり、それがインフレ対策にもなるわけです。
2024年に新NISAが始まって以降、こうした王道の資産形成は急速に浸透してきましたが、資産をインフレから「守る」ための運用は、あまり注目されてこなかったかもしれません。それは長らくデフレが続いていた日本では、資産を預金で持ってさえいればその価値が実質的に上昇していたからなのでしょう。
しかし今、デフレからインフレの時代へとシフトし、今後も継続する可能性が高まっているからこそ、将来のために「増やす」資産形成だけではなく、インフレから「守る」資産運用の重要性も高まっているのです。物価高で節約するのも大切ではあるものの、それだけでは良いインフレへの転換も遠のいてしまいかねませんから、インフレリスクと向き合いつつ、お金をしっかり「活用」していく。そんなマインドの転換も求められているのかもしれませんね。